名古屋地方裁判所 平成2年(行ウ)26号 判決 1993年2月26日
愛知県知多郡東浦町大字生路字西畑55番地
原告
長坂久枝
同町字生路森腰104番地
原告
長坂宏和
同町大字生路門田3-38番地
原告
岡本絹子
右3名訴訟代理人弁護士
竹下重人
愛知県半田市宮路町50番地
被告
半田税務署長 田中亮
右被告指定代理人
玉越義雄
同
大圖玲子
同
鳥居勝
同
内藤彰兌
同
松井運仁
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が訴外亡長坂保平(以下「保平」という。)の昭和59年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税につき,原告らに対し,昭和63年7月8日付けでした更正をすべき理由はない旨の通知処分を取り消す。
2 被告が原告長坂久枝(以下「原告久枝」という。)の本件係争年分の所得税につき,昭和63年7月8日付けでした更正をすべき理由はない旨の通知処分(以下,右1の処分と合わせて「本件各処分」という。)を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件各処分等の経緯は,別表一の1(保平分)及び別表二の1(原告久枝分)記載のとおりである。
2 保平は,昭和61年7月26日に死亡し,妻である原告久枝,子である原告長坂宏和(以下「原告宏和」という。)同岡本絹子が保平の権利義務を相続した。
3 本件各処分は次の理由により違法である。
(一) 長期譲渡所得の不存在
保平及び原告久枝のした本件係争年分の所得税の修正申告(以下「本件各修正申告」という。)の長期譲渡所得金額は,次のとおり,所得税法(以下「法」という。)64条2項(以下「本件特例」ともいう。)により,計算上なかったものとみなされるべきであるのに,本件各処分は,事実の認定及び本件特例の解釈を誤り,その適用をしなかった。
(1) 譲渡代金
イ 保平は,別表一の2記載のとおり土地を売却し,合計145,822,245円の代金を取得した。
ロ 原告久枝は,別表二の2記載のとおり土地を売却し,合計36,187,265円の代金を取得した。
ハ なお,保平と原告久枝は,
右イ及びロのほかにも,昭和59年9月28日,東浦町大字生路字生栄一区46番及び47番の土地を代金合計54,694,370円で売却し,同日より昭和60年1月18日までに3回に分けて右代金全額を取得している。
(2) 保証債務の履行
保平及び原告久枝は,右(1)の譲渡代金から,①愛知県信用保証協会に46,000,000円,②東知多農業協同組合に7,091,932円,③筒井義雄に38,500,000円,④有限会社中央商事118,138,273円,⑤原田紀美子に250,000円をそれぞれ支払ったところ,被告が,本件特例の適用を認めて,本件各修正申告時にも長期譲渡所得の計算上収入がないものとした①,②及び⑤の全額並びに④のうちの6,000,000円(保平及び原告久枝につき各1/2)を除くその余の③及び④の各支払も,次に述べるように,実質的には主債務者である株式会社山英織布工場(以下「山英織布」という。)又はその代表取締役である原田義春の債務についてした保証債務の履行としてされたものである。
イ 筒井義雄関係分
保平及び原告久枝は,原田が債務者となって筒井から30,000,000円を借り入れ,山英織布の債務の弁済に充てるに当たって,その所有する別紙一の2の番号2の土地につき,右債務の物上保証として,筒井を権利者とする根抵当権の設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をしていたが,昭和59年2月1日,筒井に38,500,000円を代位弁済して右根抵当権等の解除を受けた。
ロ 中央商事関係分
a 保平及び原告久枝は,原田が債務者となって中央商事から6,000,000円を借り入れるに当たって,その共有に係る東浦町大字生路字狭間37番の土地につき,右債務の物上保証として,中央商事を根抵当権者,極度額を6,000,000円とする根抵当権を設定したが,昭和59年10月1日に代位弁済して右根抵当権の解除を受けた。
b 保平及び原告久枝は,山英織布の債務の弁済に充てるため,伊藤勲から30,000,000円を借り入れるに当たって,その共有に係る別表一の2の番号4(別表二の2の番号2)の土地につき,伊藤のために売買予約を原因とする共有者全員持分全部移転請求権仮登記をした。
c 保平及び原告久枝は,原田が債務者として神谷芳美から30,000,000円及び15,000,000円(後者については昭和58年7月9日)をそれぞれ借り入れて山英織布の債務の弁済に充てるに当たり,右原田の債務を担保するため,その共有に係る東浦町大字生路字黒根50番の土地につき譲渡担保権を設定した。
d 右伊藤及び神谷はいずれも中央のダミーで暴力金融業者であったため,保平及び原告久枝は,その強圧的な弁済要求に抗し切れず,中央商事(伊藤及び神谷を含む。)に対し,前期(1)の土地売却代金から次のとおり原田の債務を代位弁済した。
昭和59年1月27日 5,000,000円
同年3月31日 7,000,000円
同年4月9日 20,000,000円
(うち1/2が原告久枝分)
同年6月30日 4,840,800円
同日 10,000,000円
同年10月1日 18,386,530円
(うち1/2が原告久枝分)
同日 52,738,065円
(うち16,950,000円が原告久枝分)
同日 173,594円
以上合計118,138,273円
(3) 求償権の行使不能
山英織布及び原田には資力がなく同人らに対する求償権の行使は不可能である。
(二) 修正申告の強要
昭和60年9月から被告の調査官によって調査が開始されたので,原告宏和及び同人の妻長坂けい子(以下「けい子」という。)は,調査官に対し,前記(一)(2)の各支払が保証債務の支払であり,かつ,主債務者に対する求償権の行使が不可能である事情を説明した。しかし,調査官は,昭和56年9月26日に債務者原田の債務の弁済に代えて保平所有の土地が第三者に譲渡されており,保平の同年分の所得税について本件特例を適用した確定申告がされていることを理由に,同日の後に保証された分については本件特例の適用はないとして,愛知県信用保証協会,東知多農業協同組合及び原田美紀子に対する支払分の全部並びに中央商事に対する支払分のうち6,000,000円(保平及び原告久枝につき各1/2)だけが本件特例の適用される保証債務の履行であるとの主張を譲らず,その余の支払分についての修正申告を強く勧奨した。原告宏和らは,昭和56年の所得税申告は原田が無断でしたものであり,保平は本件調査に関連して初めてその事実を知ったものであることを説明したが,調査官が右の勧奨に応じなければ,愛知県信用保証協会等に対する支払分につしても本件特例の適用を認めないで更正処分をするとの強い態度を示したため,老齢である保平に大きなショックを与えるような更正がされることを恐れ,不本意ながら調査官が記入した修正申告書の用紙に押印して提出した。したがって,本件各修正申告は,被告の調査官の強要によってされたものであるから無効である。
4 よって,本件各処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実を認める。
2(一) 同3(一)の柱書部分を争う。
(二) 同3(一)(1)のイ及びロの事実を認め,ハの事実は不知。
(三) 同3(一)(2)の柱書部分のうち,保平及び原告久枝が,譲渡代金のうちから愛知県信用保証協会に25,000,000円,東知多農業協同組合に7,091,932円,原田紀美子に250,000円を支払ったことを認め,その余の事実を否認する。
(四) 同3(一)(2)イのうち,保平が,別紙一の2の番号2の土地につき,筒井を権利者とする根抵当権の設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をし,昭和59年2月1日に右根抵当権等の解除を受けたことを認め,その余の事実は不知。
(五) 同3(一)(2)ロaのうち,保平及び原告久枝が,その共有に係る東浦町大字生路字狭間37番の土地につき中央商事を根抵当権者,極度額を6,000,000円とする根抵当権を設定したこと,昭和59年10月1日に右根抵当権の解除を受けたことを認め,その余の事実は不知。
(六) 同3(一)(2)ロbのうち,保平及び原告久枝が,その共有に係る別表一の2の番号4(別表二の2の番号2)の土地につき,伊藤のために売買予約を原因とする共有者全員持分全部移転請求権仮登記をしたことを認め,その余の事実は不知。
(七) 同3(一)(2)ロc及びdの事実は不知。
(八) 同3(一)(3)の事実を認める。
3 同3(二)のうち,「不本意ながら」修正申告に応じたこと及び本件各修正申告が被告調査官の強要によるものであって無効であることを否認し,その余の事実を認める。
三 被告の主張
1 本件特例の要件について
法64条2項の適用を受けるためには,同項に定める実体的要件と同条3項で定める手続的要件の双方の充足が必要であり,本件では,実体的要件として,①資産譲渡時に保証債務契約が存在していたこと,②資産の譲渡によって保証債務を履行したこと,③求償権の行使が不能になったこと,④債務保証時に主たる債務者が資力を喪失していた場合,その事実を債務保証時に知らなかったこと,また,手続的要件として,確定申告書に本件特例の適用を受ける旨の記載があることが必要であるが,次に述べるように,本件においてはその双方の要件を具備していない。
(一) 手続的要件の欠缺
被告に提出された保平及び原告久枝の本件係争年分の確定申告書には,本件特例の適用を受ける旨の記載がないから,保平及び原告久枝が本件特例適用のための手続的要件を具備していないことは明らかである。
(二) 実体的要件の欠缺
(1) 保平の長期譲渡所得金額は次のとおりである。
イ 長期譲渡所得の収入金額 145,822,245円
別表一の2の譲渡金額の合計額である。
ロ 必要経費等 43,490,804円
次の①ないし④の合計額である。
① 取得費 7,291,112円
別表一の2の取得費の合計額である。
② 譲渡費用 2,857,760円
別表一の2の譲渡費用の合計額である。
③ 保証債務額 27,341,932円
別表一の3の保証債務額の合計額である。
④ 特別控除額 6,000,000円
ハ 長期譲渡所得金額 102,331,441円
修正申告に係る長期譲渡所得金額は99,331,441円であるが,正確には右イからロを控除した残額102,331,441円であり,修正申告に係る長期譲渡所得金額を改めて必要はない。
(2) 原告久枝の長期譲渡所得金額は次のとおりである。
イ 長期譲渡所得の収入金額 36,187,265円
別表二の2の譲渡金額の合計額である。
ロ 必要経費等 12,809,363円
次の①ないし③の合計額である。
① 取得費 1,809,363円
別表二の2の取得費の合計額である。
② 保証債務額 5,000,000円
別表二の3の保証債務額である。
③ 特別控除額 6,000,000円
ハ 長期譲渡所得金額 23,377,902円
修正申告に係る長期譲渡所得金額は20,377,902円であるが,正確には右イからロを控除した残額23,377,902円であり,修正申告に係る長期譲渡所得金額を改める必要はない。
(3) 原告ら主張の保証債務の履行分については,次のとおりいずれもこれを認めるに足りない。
イ 中央商事に対する支払分
請求原因3(一)(2)ロb及びcの支払分(ロaの6,000,000円以外の12,138,273円)については,債務者たる原田の中央商事に対する債務金額及び他の保証人の有無が不明である上,保平及び原告久枝による債務保証及び弁済の事実も不明である。
したがって,右支払分については,本件特例の実体的要件のうち①,②及び③が認められない。
なお,ロaについても,債務者たる原田の中央商事に対する債務金額及び他の保証人の有無が不明である上,保平及び原告久枝による弁済の事実も確認できないものであり,本件特例の実体的要件のうち,②及び③が認められない。
ロ 筒井義雄に対する支払分
請求原因3(一)(2)イの保証債務の履行については,債務者たる原田の筒井に対する債務金額及び他の保証人の有無が不明である上,根抵当権が実行されたものでもないから,右根抵当権の解除をもって保平及び原告久枝による弁済があったということはできない。
したがって,筒井に対する支払分については,本件特例の実体的要件のうち②及び③が認められない。
ハ 原告ら主張の全部
原告ら主張の支払分が保証債務の履行としてされたものであるとしても,主たる債務者である原田は昭和56年3月ころまでには資力を喪失しており,保平及び原告久枝が同年6月29日以降の債務保証をした時点においては,保平及び原告久枝も原田が資力を喪失している旨の事実を認識していたのであるから,原告ら主張の支払の全てについて,本件特例の実体的要件の(4)が認められない。
2 修正申告について
被告調査官は,昭和60年10月16日ころまでにけい子に対し,さらに同月21日には保平,原告久枝,原告宏和及びけい子に対してそれぞれ調査結果を説明しており,しかも修正申告書の提出は修正申告の勧奨を受けてから2日後,保平及び原告久枝がけい子から調査結果を知りえた同月16日ころからすればおよそ一週間が経過した後であって,その間保平及び原告久枝は調査結果及び勧奨の内容について十分検討する時間があったといえるから,本件各修正申告が真意に基づかないものであるとか被告係官に強要されたものであるとの主張は失当である。
四 被告の主張に対する原告らの認否及び反論
1 被告の主張1の柱書のうち,実体的要件として①ないし③及び手続的要件を必要とすることを認め,実体的要件④を必要とすることを争う。実体的要件④は,明文の定めがないものを要件とするものであって許されない。
2 同1(一)の事実を認め,法律上の主張を争う。
3 同1(二)(1)及び(2)のうち,保証債務額は被告主張額よりも多く,したがって,長期譲渡所得金額は被告主張額よりも少なくなる。その余の事実を認める。
4 同1(二)(3)の事実を否認し,法律上の主張を争う。
5 同2の主張を争う。
第三証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから,これを引用する。
理由
一 請求原因1及び2については,当事者間に争いがない。
二 本件特例の適用の有無について
1 法64条2項の趣旨は,主債務者に対する求償を前提とする保証について,保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において,求償権の行使が不可能となったときは,所得計算上,求償不能になった金額は存在しなかったものとみなして,課税上の救済をはかるというものであると解されるところ,主債務者に資力がないため求償権の行使がそもそも不可能であることを知りながらあえて保証をした場合には,最初から主債務者に対する求償を前提としていないものであり,むしろ保証人において主債務者の債務を引き受けたか,又は主債務者に対し贈与をした場合と実質的に同視できるのであるから,同項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」との要件を欠くものと解するのが相当である。
2 そこで,右の観点から本件について検討する。
(一) 本件特例の適用を受ける保証債務の履行分として,保平については別表一の3記載のものがあり,原告久枝については同二の3記載のものがあることは,当事者間に争いがなく,右の事実並びに証拠(甲1,2,乙2,12)及び弁論の全趣旨によれば,右のほか,原告ら主張の中央商事に対する支払分のうち6,000,000円(保平及び原告久枝につき各3,000,000円)も本件特例の適用を受ける保証債務の履行分であることを前提として,本件各修正申告がされたものであることが認められる。
(二) 次に,右のほかにも本件特例の適用を受けるべき保証債務の履行分があるか否かについて検討するに,①保平が,別紙一の2の番号2の土地につき,筒井を権利者とする根抵当権の設定登記及び代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をし,昭和59年2月1日に右根抵当権等の解除を受けたこと,②保平及び原告久枝が,その共有に係る東浦町大字生路字狭間37番の土地につき,中央商事を根抵当権者,極度額を6,000,000円とする根抵当権を設定し,昭和59年10月1日に右根抵当権の解除を受けたこと,③保平及び原告久枝が,その共有に係る別表一の2の番号4(別表二の2の番号2)の土地につき,伊藤のために売買予約を原因とする共有者全員持分全部移転請求権仮登記をしたこと,以上の事実は当事者間に争いがなく,右の事実並びに証拠(甲1,甲4の2,5,6,乙25,証人原田)及び弁論の全趣旨によれば,①保平は,その所有に係る別表一の2の番号2の土地につき,昭和57年1月6日,筒井との間で,原田が筒井に対して負担する債務の担保として,根抵当権者を筒井,極度額を15,000,000円とする根抵当権設定契約及び代物弁済予約を締結し,同月25日,その旨の登記を経由し,昭和59年2月1日に右根抵当権等の解除を受けたこと,②保平及び原告久枝は,その共有に係る東浦町大字生路字狭間37番の土地につき,昭和56年10月24日,中央商事との間で,原田が中央商事に対して負担する債務の担保として,根抵当権者を中央商事,極度額を6,000,000円とする根抵当権設定契約を締結し,同月26日,その旨の登記をし,昭和59年10月1日に右根抵当権の解除を受けたこと,③保平及び原告久枝は,その共有に係る別表一の2の番号4の土地につき,昭和56年10月20日,伊藤との間で,売買予約を締結し,昭和57年5月11日,共有者全員持分全部移転請求権仮登記をしたほか,原田が伊藤に対して負担する債務の担保として,同月8日,極度額を30,000,000円とする根抵当権設定契約を締結し,同年7月1日,その旨の登記を経由し,昭和59年12月10日に右売買予約等の解除を受けたこと,以上の事実が認められるほか,④保平及び原告久枝は,原田が神谷に対して負担する債務につき,昭和58年7月ころに15,000,000円,昭和56年10月ころ以降に30,000,000円,それぞれ保証債務を負担したことが窺われないではない。
(三) また,証拠(甲4の2,5,6,乙10,11,21ないし25,証人原田(一部),同小田嶋,乙5,11の存在)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原田は,原告久枝の弟で,織物業を営む山英織布を経営していたところ,昭和49年ころから同社の業績が悪化したので,同原告及びその夫である保平所有の土地を担保に入れることにより,頻繁に多額の金員を借り入れていた。
(2) 原田は,昭和53年中には山英織布の事業をやめたが,その頃既に450,000,000円の借金があり,それらについては,すべて保平及び原告久枝が保証をしていた。
(3) 原田は,昭和55年ころ別会社(代表者は子の原田英一)を設立して石材業を始め,保平や原告久枝に対し,石材業によってそれまでの借金を返済するつもりである旨を話していた。
(4) 保平及び原告久枝共有の土地については,昭和49年に根抵当権者を帝人商事株式会社,債務者を山英織布とする根抵当権が設定登記されていたが,昭和55年3月,帝人商事から名古屋地方裁判所半田支部に任意競売の申立がされた。
(5) 保平は,昭和55年10月16日付けで同支部宛てに報告書を提出したが,それには,保平及び原告久枝が右(4)の物上保証をした経緯,原田が借入金の返済に行き詰った経過,任意競売の手続停止の要望等が記載されていた。
(6) 昭和55年10月11日,債権者を保平,債務者を山英織布,連帯保証人を原田として,山英織布が保平に対して負担している8,300,000円の借入金債務を担保するため,同社の工場内にある織機につき譲渡担保契約を締結する旨の公正証書が作成された。
(7) 原田は,昭和56年1月1日までに,山英織布の工場,敷地等の資産のほか,同人の居宅等の主だった不動産を処分して山英織布の借入金の返済に充てたが,依然として5,600,000,000円の借入金残高があった。
(8) 原田は,昭和56年9月,橋栄開発株式会社に対して保平及び久枝の共有に係る東浦町大字狭間51の2の土地を代物弁済に供するために,保平方において,保平らに右手続に必要な書面に実印を押捺して貰ったほか,後日,保平らから印鑑証明書を受け取り,必要な手続をした。
(9) その後,橋栄開発の関係者が,保平が右土地に作っていた作物を抜いたりしたことがあったため,原田は,同年終わり頃までには,保平らに対し,借金を期限までに返済できず,右土地が入手に渡ったことを説明した。
(10) 原田は,保平の自宅から2km程度離れた場所に住んでおり,自宅を売却した後には借家に移ったが,その後も保平や原告久枝との付き合いは続いていた。
(11) 保平及び原告久枝は,山英織布の工場や原田の自宅がなくなったことから,原田が資産を売却したことを知っていた。
(12) 原田は,保平及び原告久枝から昭和56年分の所得税の確定申告をすることを頼まれ,前記代物弁済に関して本件特例の適用を求める旨を記載した確定申告書を作成し,保平については昭和57年3月15日に,原告久枝については同月12日にそれぞれ申告手続をした。なお,保平は同年10月21日,右申告を前提とした修正申告書を提出した。
以上の事実が認められ,右認定に反する証人原田,同けい子及び原告宏和の各供述部分は採用することができず,他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実によれば,原田は,昭和56年初めころには,事業が行き詰り,同人の資産等を売却してもまだ借金が残る状態で,無資力となったものであり,保平及び原告久枝は,そのことをその経過とともにほぼ認識していたものと認めることができる。
(四) 右(一)ないし(三)の事実によれば,保平及び原告久枝は,主債務者が資力を有さず求償権の行使が不可能であることを知りながら,あえて前記(二)に認定した保証債務の負担又は担保権の設定をしたものということができるから,法64条2項にいう「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」との要件を満たさないものというべきであり,その余の要件の有無について判断するまでもなく,本件特例の適用を受けることはできないというべきである(なお,念のため付言するに,本件全証拠を検討しても,他に,愛知県信用保証協会に対する支払分を含め,原告ら主張の支払分の中に,本件各修正申告において本件特例の適用を受けるべきものとされた分を超えて,その適用を受けるべきものがあることを認めるに足りる証拠はない。)
三 修正申告について
1 証拠(甲1,証人けい子(一部),同小田嶋,原告宏和(一部)によれば,保平及び原告久枝の修正申告書提出の経緯につき,次の事実が認められる。
(一) 被告係官は,昭和60年9月10日,保平方を訪れ,保平及び原告久枝につき,本件係争年分の譲渡所得の申告がなされていないことについて説明を求め,けい子は,書類を整えた上,同月13日に半田税務署を訪れることを約した。
(二) けい子は,同月13日,保証債務の履行に関する金銭消費貸借契約書,抵当権設定証書,領収書等を持参して同税務署を訪れ,保証債務の履行に関して被告係官2名による聴き取りを受けたが,被告係官が調査の後改めて連絡するというので,その日は帰宅した。そして,同月17日けい子は,再び計算明細書等の書類を同税務署に持参して,被告係官に支払関係の説明をした。
(三) けい子は,同年10月16日,同税務署に赴き,保証債務の履行に関する被告係官の質問に答えたが,その際被告係官から,右保証債務は資力を喪失した者の債務についての保証であるから,譲渡所得について本件特例を受けられない旨告げられた上,支払うべきおおまかな税額を示された。そして,同月21日に保平,原告久枝及び同宏和とともに同税務署を訪れることを約した帰宅した。
(四) 被告係官は,同月21日,同税務署を訪れた保平,原告久枝,同宏和及びけい子(以下「保平ら」という。)らに対して,本件係争年分の保平及び原告久枝の申告につき,主債務者に資力のないことを認識した上で保証した場合には,その保証債務を履行するための土地の譲渡による所得については,本件特例の適用は認められない旨を説明した上,本件係争年分については,気の毒だから愛知県信用保証協会及び東知多農業協同組合に対する支払分だけは本件特例の適用を認める旨を告げた。
(五) 保平らは支払うべき金員がないからなんとかして欲しい旨頼んだが,被告係官は,修正申告を拒絶するならば,話し合いは物別れになり,本件係争年分の支払分の全部について課税することになる旨告げた。その際,けい子から右(四)の愛知県信用保証協会等に対する支払分のほか,中央商事に対する支払分のうち6,000,000円についても本件特例の適用を認めて欲しい旨の申出がなされ,この分については,被告において本件特例の適用を認めることとなった。しかし,保平らは,結局,この日には修正申告をせず,2,3日以内に再び同税務署を訪れることにして帰宅した。
(六) 保平らは,同月23日,同税務署を訪れ,被告係官の記入した修正申告書に保平及び原告久枝がそれぞれ署名捺印して提出し,また,本件特例が認められることとなった愛知県信用保証協会等に対する支払分については,原告宏和が被告係官の作成した文案に基づいて嘆願書の本文を書き,保平と原告久枝がこれに署名して提出した。
以上の事実が認められ,右認定に反する証人けい子及び原告宏和の各供述部分は採用することができず,他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 右事実によれば,保平及び原告久枝は,同人らの本件係争年分の所得調査をしている被告係官から,本件特例の適用の可否についての説明を原告宏和やその妻けい子と共に受け,被告係官とけい子との間で本件特例が受けられる分についての交渉がされたのを承知した上で,その2日後に半田税務署に赴いてそれぞれ修正申告書に署名捺印して提出したものであるから,本件各修正申告が被告係官から強要されたためにされたものとはいえず,また,申告内容の一部について必ずしも意に沿わない部分があったとしても,保平及び久枝は,右修正申告書記載の内容の納税申告をする意思を有していたものと認められるので,本件各修正申告が無効であるということはできない。
よって,原告の主張は採用できない。
四 結論
以上によれば,原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法89条,93条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 後藤博 裁判官 入江猛)
<以下省略>